小野田町枝さん講演会
「夫婦の:日本&ブラジル-ー夫・小野田寛郎との29年」
  
 
 小野田町枝(おのだ・まちえ)さん               
 昭和12年茨城県生まれ。佐原女子高等学校卒。上智大学で聴講生として心理学を学ぶ。上場会社事務職を経て独立。損害保険会社代理店を経営。昭和51年、小野田寛郎さんと結婚、ブラジルに移住。日本とブラジルを往復し、ブラジルでは牧場を経営。日本では青少年の健全育成のため「小野田自然塾」を夫とともに創設し、活動を続けている。
 日時:5月25日(日)午後1時半開場、午後2時開演
      (終演予定午後4時)
 場所:幕張ベイタウンコア音楽ホール(打瀬公民館ホール)
         =JR海浜幕張駅バス7分、徒歩15分
         電話043・296・5100
 入場料:無料
 企画・幕張ベイタウン自治会連合会コミュニティコア研究会」
 

 

★あなたに会えてよかった 大きな愛で包んでくれた★

 1974年3月。小野田寛郎さんがフィリピンのルバング島から帰還した。陸軍少尉。戦後30年、ジャングルで戦い続けた。 「この人のためなら死ねる」。テレビ映像を見ながら、そう思った。 翌年、ブラジルに移住した小野田さんに会った。牧場の木の下で、小野田さんは目に涙を浮かべて話した。「この人の役に立ちたい」。結婚。夫54歳、妻38歳。
 <新刊の著書「私は戦友になれたかしら」(清流出版)は、80歳になった夫との半生を振り返った作品である>
 ブラジルでの暮らしは困難だった。「小野田さんの奥さんは3カ月ともたないだろう」。山奥の原野での生活に、口さがないうわさは絶えなかった。7年間は無収入の牧場経営。夫はブルドーザーで出稼ぎに出た。 激しい雨の夜。「小塚、雨の降らないところで寝たいなあ」。夫が寝言で戦友の名を呼んだ。 「彼にとってルバング島での『空白の30年』は、必死で生き戦った歳月でした。だから、もう一度ジャングルに身を投じて、ゼロからの出発を決意したのです」。
 小野田さんは昨年、こう語った。「彼女は自分の財産を全部処分して、ブラジルに嫁いできた。現地に自分から溶け込んでいった。私は長い空白の期間を経て、やっと人生の『戦友』をつかまえた」
(毎日新聞2002年9月2日東京朝刊「ひと」)

 

*この企画についてのお問い合わせは、コア研究会・下川正晴(電話&FAX043−211−0472)へお願いします。